November 11, 2004

●新しい三塁コーチに、今シーズンアスレティックスで
コーチをしていたクリス・スパイアーを任命。(10/21)
00年にブリュワーズ、01年はダイヤモンドバックスで
コーチ歴がある。
現役時代はメジャーで19年、2260試合に出場、
オールスターに3度選ばれた。

●ライアン・デンプスターと200万ドルで再契約(10/29)

●グレッグ・マダックスがゴールドグラブ賞を受賞(11/3)
自身通算14度目。

ゴールドグラブ賞を受賞したカブス選手
1960 バンクス(遊撃)
1962 ハブス(二塁)
1964 サント(三塁)
1965 サント(三塁)
1966 サント(三塁)
1967 ハンドリー(捕手)
1967 サント(三塁)
1968 ベカート(二塁)
1968 サント(三塁)
1969 ケッシンジャー(遊撃)
1970 ケッシンジャー(遊撃)
1983 サンドバーグ(二塁)
1984 ダーニャ(外野)
1984 サンドバーグ(二塁)
1985 サンドバーグ(二塁)
1986 デービス(捕手)
1986 サンドバーグ(二塁)
1987 ドーソン(外野)
1987 サンドバーグ(二塁)
1988 ドーソン(外野)
1988 サンドバーグ(二塁)
1989 サンドバーグ(二塁)
1990 マダックス(投手)
1990 サンドバーグ(二塁)
1991 マダックス(投手)
1991 サンドバーグ(二塁)
1992 グレース(一塁)
1992 マダックス(投手)
1993 グレース(一塁)
1995 グレース(一塁)
1996 グレース(一塁)
2004 マダックス(投手)

●ネイフィ・ペレスと100万ドルで再契約(11/5)

●来年のマイナーのコーチ陣を発表(11/5)
AAA アイオワ・カブス
監督 マイク・クウェード
投手コーチ リック・クラニッツ
打撃コーチ パット・リスタッチ

AA ウェストテネシー・ダイヤモンドジャックス
監督 ボビー・ディッカーソン
投手コーチ アラン・ダン
打撃コーチ ボン・ジョシュア

A+ デイトナ・カブス
監督 スティーブ・マクファーランド
投手コーチ マイク・アンダーソン
打撃コーチ リッチー・ジスク

A ピオリア・チーフス
監督 フリオ・ガルシア
投手コーチ ジム・デドリック
打撃コーチ マイク・ミクーチ

A- ボイシー・ホークス
監督 トム・バイヤーズ
投手コーチ トム・プラット
打撃コーチ リカルド・メディーナ

R メサ・カブス
監督 トレイ・フォーカーウェイ
投手コーチ リック・トロネルド
打撃コーチ カルメロ・マルティネス

巡回コーチ デーブ・ビアラス
巡回投手コーチ レスター・ストロード
巡回打撃コーチ デーブ・ケラー
巡回内野守備コーチ ジェフ・ヒューソン
巡回外野守備兼走塁コーチ ビンス・コールマン
巡回捕手コーチ スコット・サービス

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シカゴ・カブス 

October 16, 2004

●カブスの年度別成績(2004年現在)

ナショナル・アソシエーション(1871、74〜75)
年  勝敗 勝率 順位/球団数 差 監督
1871 19-9 .679 2/9 -2.0 Wood
1872 参加せず
1873 参加せず
1874 28-31 .475 5/8 -18.5 Malone/Wood
1875 30-37 .448 6/13 -35.0 Wood 

ナショナル・リーグ(1876〜)
年  勝敗 勝率 順位/球団数 差 監督
1876 52-14 .788 1/8 +6.0 Spalding
1877 26-33 .441 5/6 -15.5 Spalding
1878 30-30 .500 4/6 -11.0 Ferguson
1879 46-33 .582 4/8 -10.5 Anson/Flint
1880 67-17 .798 1/8 +15.0 Anson
1881 56-28 .667 1/8 +9.0 Anson
1882 55-29 .655 1/8 +3.0 Anson
1883 59-39 .602 2/8 -4.0 Anson
1884 62-50 .554 4t/8 -22.0 Anson
1885 87-25 .777 1/8 +2.0 Anson
1886 90-34 .726 1/8 +2.5 Anson
1887 71-50 .587 3/8 -6.5 Anson
1888 77-58 .570 2/8 -9.0 Anson
1889 67-65 .508 3/8 -19.0 Anson
1890 83-53 .613 2/8 -6.5 Anson
1891 82-53 .607 2/8 -3.5 Anson
1892 70-76 .479 7/12 -30.0 Anson
1893 56-71 .441 9/12 -29.0 Anson
1894 57-75 .432 7/12 -34.0 Anson
1895 72-58 .554 4/12 -15.0 Anson
1896 71-57 .555 5/12 -18.5 Anson
1897 59-73 .447 9/12 -34.0 Anson
1898 85-65 .567 4/12 -17.5 Burns
1899 75-73 .507 8/12 -26.0 Burns
1900 65-75 .464 5t/8 -19.0 Loftus
1901 53-86 .381 6/8 -37.0 Loftus
1902 68-69 .496 5/8 -34.0 Selee
1903 82-56 .594 3/8 -8.0 Selee
1904 93-60 .608 2/8 -13.0 Selee
1905 92-61 .601 3/8 -13.0 Selee/Chance
1906 116-36 .763 1/8 +20.0 Chance
1907 107-45 .704 1/8 +17.0 Chance
1908 99-55 .643 1/8 +1.0 Chance
1909 104-49 .680 2/8 -6.5 Chance
1910 104-50 .675 1/8 +13.0 Chance
1911 92-62 .597 2/8 -7.5 Chance
1912 91-59 .607 3/8 -11.5 Chance
1913 88-65 .575 3/8 -13.5 Evers
1914 78-76 .506 4/8 -16.5 O’Day
1915 73-80 .477 4/8 -17.5 Bresnahan
1916 67-86 .438 5/8 -26.5 Tinker
1917 74-80 .481 5/8 -24.0 Mitchell
1918 84-45 .651 1/8 +10.5 Mitchell
1919 75-65 .536 3/8 -21.0 Mitchell
1920 75-79 .487 5t/8 -18.0 Mitchell
1921 64-89 .418 7/8 -30.0 Evers/Killefer
1922 80-74 .519 5/8 -13.0 Killefer
1923 83-71 .539 4/8 -12.5 Killefer
1924 81-72 .529 5/8 -12.0 Killefer
1925 68-86 .442 8/8 -27.5 Killefer/Maranville/Gibson
1926 82-72 .532 4/8 -7.0 McCarthy
1927 85-68 .556 4/8 -8.5 McCarthy
1928 91-63 .591 3/8 -4.0 McCarthy
1929 98-54 .645 1/8 +10.5 McCarthy
1930 90-64 .584 2/8 -2.0 McCarthy/Hornsby
1931 84-70 .545 3/8 -17.0 Hornsby
1932 90-64 .584 1/8 +4.0 Hornsby/Grimm
1933 86-68 .558 3/8 -6.0 Grimm
1934 86-65 .570 3/8 -8.0 Grimm
1935 100-54 .649 1/8 +4.0 Grimm
1936 87-67 .565 2t/8 -5.0 Grimm
1937 93-61 .604 2/8 -3.0 Grimm
1938 89-63 .586 1/8 +2.0 Grimm/Hartnett
1939 84-70 .545 4/8 -13.0 Hartnett
1940 75-79 .487 5/8 -25.5 Hartnett
1941 70-84 .455 6/8 -30.0 Wilson
1942 68-86 .442 6/8 -38.0 Wilson
1943 74-79 .484 5/8 -30.5 Wilson
1944 75-79 .487 4/8 -30.0 Wilson/Johnson/Grimm
1945 98-56 .636 1/8 +3.0 Grimm
1946 82-71 .536 3/8 -14.5 Grimm
1947 69-85 .448 6/8 -25.0 Grimm
1948 64-90 .416 8/8 -27.5 Grimm
1949 61-93 .396 8/8 -36.0 Grimm/Frisch
1950 64-89 .418 7/8 -26.5 Frisch
1951 62-92 .403 8/8 -34.5 Frisch/Cavarretta
1952 77-77 .500 5/8 -19.5 Cavarretta
1953 65-89 .442 7/8 -40.0 Cavarretta
1954 64-90 .416 7/8 -33.0 Hack
1955 72-81 .471 6/8 -26.0 Hack
1956 60-94 .390 8/8 -33.0 Hack
1957 62-92 .403 7t/8 -33.0 Scheffing
1958 72-82 .468 5t/8 -20.0 Scheffing
1959 74-80 .481 5t/8 -13.0 Scheffing
1960 60-94 .390 7/8 -35.0 Grimm/Boudreau
1961 64-90 .416 7/8 -29.0
1962 59-103 .364 9/10 -42.5
1963 82-80 .506 7/10 -17.0
1964 76-86 .469 8/10 -17.0
1965 72-90 .444 8/10 -25.0
1966 59-103 .364 10/10 -36.0 Durocher
1967 87-74 .540 3/10 -14.0 Durocher
1968 84-78 .519 3/10 -13.0 Durocher

ナ・リーグ東部地区(1969〜1993)
球団数、順位は地区内のもの。#は地区優勝
年  勝敗 勝率 順位/球団数 差 監督
1969 92-70 .568 2/6 -8.0 Durocher
1970 84-78 .519 2/6 -5.0 Durocher
1971 83-79 .512 3t/6 -14.0 Durocher
1972 85-70 .548 2/6 -11.0 Durocher/Lockman
1973 77-84 .478 5/6 -5.0 Lockman
1974 66-96 .407 6/6 -22.0 Lockman/Marshall
1975 75-87 .463 5t/6 -17.5 Marshall
1976 75-87 .463 4/6 -26.0 Marshall
1977 81-81 .500 4/6 -20.0 Franks
1978 79-83 .488 3/6 -11.0 Franks
1979 80-82 .494 5/6 -18.0 Franks/Amalfitano
1980 64-98 .395 6/6 -27.0 Gomez/Amalfitano
1981 38-65 .369 6/6 -21.5 Amalfitano
1982 73-89 .451 5/6 -19.0 Elia
1983 71-91 .438 5/6 -19.0 Elia/Fox
1984 96-65 .596 #1/6 +6.5 Frey
1985 77-84 .478 4/6 -23.5 Frey
1986 70-90 .438 5/6 -37.0 Frey/Vukovich/Michael
1987 76-85 .472 6/6 -18.5 Michael/Lucchesi
1988 77-85 .475 4/6 -24.0 Zimmer
1989 93-69 .574 #1/6 +6.0 Zimmer
1990 77-85 .475 4t/6 -18.0 Zimmer
1991 77-83 .481 4/6 -20.0 Zimmer/Altobelli/Essian
1992 78-84 .481 4/6 -18.0 Lefebvre
1993 84-78 .519 4/7 -13.0 Lefebvre

ナ・リーグ中部地区(1994〜 )
球団数、順位は地区内のもの
#は地区優勝、Wはワイルドカード
年  勝敗 勝率 順位/球団数 差 監督
1994 49-64 .434 5/5 -16.5 Trebelhorn
1995 73-71 .507 3/5 -12.0 Riggleman
1996 76-86 .469 4/5 -12.0 Riggleman
1997 68-94 .420 5/5 -16.0 Riggleman
1998 90-73 .552 W2/6 -12.5 Riggleman
1999 67-95 .414 6/6 -30.0 Riggleman
2000 65-97 .401 6/6 -30.0 Baylor
2001 88-74 .543 3/6 -5.0 Baylor
2002 67-95 .414 5/6 -30.0 Baylor/Lachemann/Kimm
2003 88-74 .543 #1/6 +1.0 Baker
2004 89-73 .549 3/6 -16.0 Baker

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シカゴ・カブス 

October 15, 2004

メジャーリーグのルールを簡単に説明
(本当はもっと複雑だが概ねこんな感じだ)。

1.選手枠
・メジャーリーグの1球団の選手枠は40人。
・ベンチに入れる人数は、開幕から9月1日までは25人で、
9月1日からは40人に拡大する。
・9月までは40人のうち25人しかベンチ入りできないので、
その間あまった15人はいわば
「マイナー預かり」という形になる。

2.故障者リスト(DL、Disabled List)
・選手が怪我をした場合、故障者リストに
登録することができる。
・登録すると、怪我をした選手の代わりに、
ほかの選手をベンチに入れることができる。
・故障者リストには15日間と
60日間の2種類があり、登録された選手はその期間内は
試合には出場ができなくなる。
・60日間の故障者リストに登録した選手は
メジャー40人の選手枠にカウントされないため、
40人枠以外の選手と新たに契約できる。

3.DESIGNATED FOR ASSIGNMENT
(当ブログでは「戦力外通告」と意訳したりDFAと表記したりする)
・球団は今後10日間で、指定した選手を
.肇譟璽畢解雇ウェーバー、の中から選手の処遇を決定する。

ウェーバーにかけて他球団に獲られなければ
マイナー契約に切り替えて(40人枠より除外して)
傘下のマイナーに配属、もある。
ただしメジャー5年以上の選手は
マイナー行きを拒否してFAになることもできる。

いずれにせよ、DFAになるとメジャー40人枠からは外れる。

4.ルールファイブドラフト
他球団のマイナーにいる選手を獲得できる制度。
毎年12月に開催される。
毎年11月20日の時点でメジャー40人枠に
入っていない選手で、
‖膤惱仗箸覆薀廛軻り3年以上
高卒ならプロ入り4年以上経験した選手
を対象にし、下位球団から、ほしい選手を指名し獲得できる。
ただし、チームは指名した選手を
翌年のメジャー25人枠に登録しなければならず、
もしロースターに入れなければ、
獲得した選手を元の所属球団に返却しなければならない。

5.フリーエージェント(FA)
・メジャーで6シーズン以上登録された選手は
「フリーエージェント」の権利を得る。
これにより選手は他球団に自由に移籍することが可能となる。
選手を獲得した球団は、その選手の元の所属球団に
翌年のドラフトの順位を譲るという補償制度もある。

6.ドラフト
毎年6月上旬に開催される。
対象は、高校・大学の卒業生はもとより、
大学3年を終えるか21歳以上の選手も対象になる。
アメリカの高校に通っている外国人や、
プエルトリコ出身者もOK。
かつては人数無制限に指名できたが、
今は一球団50人まで。

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大リーグ 

October 14, 2004

リンク集
(相互リンクをご希望の方は、この記事に
コメントをいただければ随時追加させて頂きます。

●カブス関連
カブス公式ページ・・・ニュース、試合日程、成績などここでほぼすべての情報がわかります。
シカゴトリビューン・・・カブスのオーナーだった、トリビューン社が発行している新聞。
シカゴサンタイムズ・・・トリビューンに次ぐシカゴの新聞。
ベースボールリファレンス・・・問答無用のデータサイト。

●カブスファンの皆さん
横浜風流機・・・舞之介さんのブログ。
舞之介風流記・・・舞之介さんの旧ページ。数多くのカブスグッズをお持ちです。掲示板もあります。相互リンク。
普通のブログってなんだ?・・・音楽業界で働くcozyさんのページ。カブスファンでいらっしゃいます。
4-6-3(よんろくさん)さんのページ・・・mixi。4-6-3、あるいは6-4-3(ろくよんさん)というお名前です。1988年頃からのファンだそうです。長いですね。相互リンク。
猫も杓子も‘てれっと‘も…中国在住のカブスファン、てれっとテレキャスさんのページ。
Let's Go CUBBIES・・・Satoさんのファンサイト。美しいです。
『ヤギの呪い』を解く数式を求めよ・・・Yatuyaさんのページ。相互リンク。休止中。

●ほかMLB関連
青いblog・・・レッドソックスファンのaoiさんのページ。
HIGH AND DEEP!!! ・・・ホワイトソックスを応援するロビンさんのブログ。相互リンク。「ベースボールアメリカ」紙の翻訳記事は英語ができない私には大変ありがたいです。

●ほか野球以外
ちばっちのHP・・・ちばっちさんのページ。
憂うつな月曜日・・・夕々さんのページ。

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リンク集 
●マイナーのジョン・コロンカとウィル・オーマンの両投手を
カブスの40人枠に登録。

コロンカは24歳の左投手。
今年はトリプルAで12勝9敗、防御率4.34。
メジャー経験はなく、マイナー7年の通算では59勝71敗。
03年にトレードでレッズのマイナーから移籍してきた。

オーマンは久しぶり。怪我が治ったのか。
旧西ドイツ、フランクフルト生まれの27歳の左投手。
98年にドラフト8位でカブスに入団。
00年〜01年にカブスで登板経験がある。
肘を手術したため02〜03年はまったく登板していなかったが、
今シーズン見事復活しトリプルAで45試合に投げた。

●トレーナーを解雇。
デーブ・グロシュナー、サンディ・クラムの両トレーナーを解雇。
・・・トレーナー交代で怪我人が減るのかどうか

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シカゴ・カブス 

October 13, 2004

何で、縁もゆかりもないシカゴの球団を
応援しているのか?ってよく聞かれるのですが。

サッカーでいえば、日本にも
マンチェスターユナイテッドとか
レアルマドリーのファンがいるわけで。
それと同じようなものです。

最初は日本の野球ファンでした。特に阪神。
バースと掛布が好きでした。が、
主に以下のような理由で大リーグファンに転向しました。

1.阪神があまりにも弱いため愛想をつかした。
いや、弱いだけならともかく、バースを解雇したのが
許せなかった(今も許してはいない)。

2.当時のファミコンゲーム、「ファミリースタジアム」の、
「メジャーリーガーズ」の強さに度肝を抜かれた。

3.当時NHK総合で深夜(確か水曜の22時くらいだった)
にやっていた「大リーグアワー」を見て感動。
(選手、球場など)

4.カブスの弱さとリグレーフィールドの美しさを知るに及び
カブスファンに。当時のスター、ライン・サンドバーグを
応援しはじめる。89年か90年頃のこと。

5.そもそも日本球界の体質というか、
巨人(渡辺つねお)が嫌い。
ヤンキースも嫌いではあるが、
ヤンキースの方がまだマシだ。



そういえばカブスと阪神はよく似ている。
共通点
・リーグ創設時から存在し、長い歴史を持つ
・チームは弱いが、大変人気がある
・ファンが熱狂的
・ユニフォームが縦縞
・球場は蔦が有名

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シカゴ・カブス 
三塁コーチのウェンデル・キムを解雇。
現一塁コーチのジーン・クラインズと、
打撃コーチゲーリー・マシューズの役職を交換。
来シーズンからクラインズが打撃、マシューズが
一塁を担当することに。

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シカゴ・カブス 

October 12, 2004

シカゴ・カブスはとにかく古い球団なので
いつごろ出来たのかよくわからない。
どうやら1869年ごろ創設されたらしい。

1871年、全米初のプロ野球リーグ
「ナショナル・アソシエーション(NA)」
が創設されると、それに加入。
当時は「シカゴ・ホワイトストッキングス」
と呼ばれていたようだ
(ちなみにカブスと正式に呼ばれるようになったのは
1907年からである)。

そしてこの1871年10月に
有名な災害「シカゴ大火」が起こる。
この火事で球団も被害を受け、
球場やユニフォームが焼けてしまった。
その影響で72年と73年のリーグ戦には参加できなかった。

シカゴの石炭商でシカゴ商工会議所の会員、そして
ホワイトストッキングスのオーナーだった
ウィリアム・ハルバート氏は、
町の復興に一役買おうと
自らがオーナーを務める野球チームを
強く人気のあるチームにしようと考えた。
同時に、経済的・運営的にも行き詰まり、
暴力や賭博が横行し腐敗していた球界
(実際、NAは、5年で解散することになる)
に秩序をもたらそうとも考えた。

そこで目をつけたのが、当時
ボストン・レッドストッキングス
(現アトランタ・ブレーブス)の
NA4連覇を支えたエース、
アルバート・スポルディングだった。

球界を改革しなくては、という意見は
スポルディングも一緒だった。
ハルバートは彼を説得し、監督兼選手として
加入させてチームの核とした。
さらに、ボストンの主力選手だった
ロス・バーンズ、カル・マクヴィ、
ジム・ホワイトを引き抜き、フィラデルフィアからも
キャップ・アンソンを連れてきた。

が、これが問題になる。
当時は、選手の他球団移籍は禁止という
ルールだったからだ。
ホワイトストッキングスは、
NAから除名されるかもしれなかった。
そこでハルバートとスポルディングは先手を打った。
除名される前に、新リーグを作ろうと考えたのである。

そして他球団にも呼びかけ、
1876年2月、シカゴを含め8球団が参加して
現在も続く「ナショナル・リーグ」が創設されたのである
(つまりカブスはナ・リーグの生みの親ともいえる)。

われらがカブスはナ・リーグ創設から参加している
名門球団なのである。

・・・つづく。

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シカゴ・カブス 

October 11, 2004

シカゴ・カブスには有名な言い伝えがある。

それは「ヤギの呪い」というものだ。
何かというと、カブスが長らくワールドシリーズで優勝できないのは、
その「呪い」があるからなのだという。
少なくともファンはそう信じている(おもしろ半分だが)。

1945年10月、カブスとタイガースとの間で
ワールドシリーズが戦われていた頃。
その第4戦を観に、カブスファンで
レストランのオーナーだったビリー・サイアニス氏が、
ペットのヤギを連れてリグレーフィールドに観戦にやってきた。
ヤギの分のチケットも買ってあったという。

が、カブス側は、ヤギが臭いという理由で
サイアニスとビリーの入場を拒否してしまった。
これに激怒したサイアニスは
「二度とこのリグレー・フィールドで
ワールドシリーズをプレーできないようにしてやる」
と、カブスに呪いをかけて球場を後にしたという。
(サイアニスは70年に死ぬまで、
球団から謝罪がないことを怒っていたらしい)

これが「ヤギの呪い」である。

他愛ない話だが、この呪いは効いたようだ。
実際カブスは、これ以後ただの一度もワールドシリーズに
進出できていないのである。
プレーオフには何度か出場したがすべて負け、今に至っている。

カブスにこの呪いが解ける日が来るのだろうか。

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シカゴ・カブス 

October 10, 2004

Wrigley Field

カブスのホーム球場。
全米でもっとも美しいと言われる球場である
(私もこの美しさに感動してこのブログのタイトルにした)。

青い空の下に広がる天然芝、外野はレンガで造られ、
その上を蔦で覆われている。
さらに他球場のような余計な広告や看板が無いため
外野フェンスは緑一色で大変美しい。
そして他球場にあるような巨大スクリーンなどは無く、
昔から変わらぬ手動式スコアボードが古さを醸し出している。
古色蒼然と言ったら良いだろうか。
かつてここを訪れたベーブ・ルースは、
「この球場で毎日プレーできるなら
給料が半分になってもいい」と言ったとか。

建造されたのは1914年。
現存するメジャーの球場の中では
ボストンのフェンウェイ・パーク
(1912年)に次いで2番目に古い。
設計したのはザカリー・テイラー・デービスという人で、
25万ドルの資金と490人の人手によって建造された
(ちなみにデービスは旧コミスキー・パークもデザインした)。

もともとは、1914〜15年に存在した
第三の大リーグ「フェデラル・リーグ」のチーム、
シカゴ・ホエールズ(フェデラルズとも)のために作られた球場で、
フェデラルリーグ・ボールパーク、
ノースサイド・ボールパークなどとも呼ばれていたが、
主に当時のオーナーの名前を取って
「ウィーグマン・パーク」と呼ばれていた。
当時の収容人員は14000人だったという。

1914年4月23日に球場最初の試合が行われている。
ホエールズがカンザスシティ・パッカーズを
9−1で下している。

フェデラル・リーグが財政上の理由から2年で解散したあと、
ウィーグマンはカブスを買収し、オーナーになる。
そしてこのときから球場はカブスのものになり、
現在に至っているのである。
ナ・リーグの(カブスの)試合がはじめて行われたのは
1916年4月20日のこと。
7−6でカブスがレッズを下した。

1920年、「チューインガム王」ウィリアム・リグレーが
ウィーグマンからカブスを買収すると、
1926年、オーナーの名をとって
「リグレー・フィールド」という名前になり現在に至っている。

名物の外野フェンスの蔦は、1937年に当時球団役員の息子だった
ビル・ベックが考案した。
外野フェンスがレンガなので、外野手の危険防止のためというのと、
それと見た目にもよいため、と言うのがその理由だったらしい。
蔦の中に打球が隠れて見えなくなった場合は
二塁打、というローカルルールもある。

もうひとつの名物は、風である。
風の強いシカゴならではだが、
外野に向かって風が吹くときはボールがよく飛び
打撃戦になり、逆に、逆風のときは投手有利になる。

照明設備は長らく設置されなかった。
つまりリグレーでの試合はすべてデー・ゲームだったのである。
これは「野球は太陽の下でするもの」という
オーナーの信念によるものである
(実は照明を設置しようとしていたのだが、
第二次大戦のころ鉄を国に供出しなければならなくなったので、
鉄が足りなくなって設置を断念したと言うのが本当のようだ。
しかしそれを逆手に取りデーゲームを名物にした
オーナーの考えは面白い)。
リグレーでのデーゲームはファンに支持され、
今でもほとんどの試合がデーゲームで行われており、
カブスの名物になっている。

1988年、リグレーにもついに照明が設置された。
ナイトゲームに関し、照明賛成派と、
照明はカブスの伝統に反するという反対派とで
ファンの意見が真っ二つに分かれたが、
「夏は連日気温が30度を超えるシカゴで
デーゲームばかりではカブスは優勝できない。
テレビ中継の問題もあり、ナイトゲームを
しなければ経営が成り立たない」と
カブス経営陣がファンを説得し、ついに
ナイトゲームが行われることになった。
1988年のことである。

だが住宅地にある球場なので、ナイトゲームは市との取り決めで
現在でも試合数が制限されている。

両翼のファウルポールには、
カブスで活躍し永久欠番になった3選手、
アーニー・バンクス(14)、
ビリー・ウィリアムス(26)、
ロン・サント(10)の3人の
背番号が書かれた旗が翻っている。

Satoshi at 22:30コメント(0)トラックバック(0) 
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