January 08, 2005

殿堂入り選手たちのうち
カブス在籍年数の長い順に
(5年以上カブスに在籍した人物対象)。

カッコ内は在籍年数。
22年 キャップ・アンソン(1876〜97年)
19 ガビー・ハートネット(1922〜40)
19 アーニー・バンクス(1953〜71)
16 ビリー・ウィリアムス(1959〜74)
15 フランク・チャンス(1898〜1912)
15 ライン・サンドバーグ(1982〜94、96〜97)
12 ジョー・ティンカー(1902〜12、16)
12 ジョニー・エバース(1902〜13)
11 ビリー・ハーマン(1931〜41)
10 モーデカイ・ブラウン(1904〜12、16)
10 ファーガソン・ジェンキンス(1966〜73、82〜83)
9 グローバー・アレキサンダー(1918〜26)
8 クラーク・グリフィス(1893〜1900)
8 カイカイ・カイラー(1928〜35)
7 キング・ケリー(1880〜86)
7 レオ・ドローチャ(監督1966〜72)
6 ハック・ウィルソン(1926〜31)
5 ジョー・マッカーシー(監督1926〜30)

Satoshi at 20:58コメント(0)トラックバック(0) 
シカゴ・カブス 

January 07, 2005

殿堂入りしたカブスの選手。殿堂入りした年と、
カッコ内はカブスでプレーした年

1938年 グローバー・アレキサンダー(1918〜26年)
1939 アルバート・スポルディング(1876〜78)
1939 キャップ・アンソン(1876〜97)
1942 ロジャース・ホーンスビー(1929〜32)
1945 キング・ケリー(1880〜86)
1945 ヒュー・ダフィー(1888〜89)
1945 ロジャー・ブレスナハン(1900、1913〜15)
1946 ジョー・ティンカー(1902〜12、1916)
1946 ルーブ・ワッデル(1901)
1946 フランク・チャンス(1898〜1912)
1946 ジョニー・エバース(1902〜13)
1946 クラーク・グリフィス(1893〜1900)
1947 フランキー・フリッシュ(監督1949〜51)
1949 モーデカイ・ブラウン(1904〜12、1916)
1951 ジミー・フォックス(1942〜44)
1953 ディジー・ディーン(1938〜41)
1954 ラビット・マランビル(1925)
1955 ガビー・ハートネット(1922〜40)
1957 ジョー・マッカーシー(監督1926〜30)
1963 ジョン・クラークソン(1884〜87)
1964 バーレー・グライムス(1932〜33)
1968 カイカイ・カイラー(1928〜35)
1970 ルー・ブードロー(監督1960)
1973 モンテ・アービン(1956)
1973 ジョージ・ケリー(1930)
1975 ビリー・ハーマン(1931〜41)
1975 ラルフ・カイナー(1953〜54)
1976 ロビン・ロバーツ(1966)
1976 フレッド・リンドストローム(1935)
1977 アーニー・バンクス(1953〜71)
1979 ハック・ウィルソン(1926〜31
1980 チャック・クライン(1934〜36)
1985 ルー・ブロック(1961〜64)
1985 ホイト・ウィルヘルム(1970)
1987 ビリー・ウィリアムス(1959〜74)
1991 ファーガソン・ジェンキンス(1966〜73、1982〜83)
1991 トニー・ラゼリ(1938)
1994 レオ・ドローチャ(監督1966〜72)
1995 リッチー・アシュバーン(1960〜61)
1995 ウィリアム・ハルバート(カブスオーナー。ナ・リーグ創設に尽力)
1999 フランク・セーリー(監督1902〜05)
2004 デニス・エカーズリー(1984〜86)
2005 ライン・サンドバーグ(1982〜94、96〜97)

Satoshi at 16:39コメント(0)トラックバック(0) 
シカゴ・カブス 

January 06, 2005

ライン・サンドバーグの偉大な成績の数々。

年度別成績はこちら

*二塁手として通算守備率.989は史上最高('04年終了時)
*123試合連続無失策は、内野手として大リーグ記録
 ('89 6/21〜'90 5/17)('04年終了時)
*1シーズン90試合連続無失策は、
 内野手として大リーグ記録('89年)('04年終了時)
*2年連続30本塁打は二塁手として史上初
*ナ・リーグMVP(BBWAA)('84年)
*プレーヤー・オブ・ザ・イヤー(Sporting News)('84年)
*プレーヤー・オブ・ザ・イヤー2回
 (Baseball Digest)('84年、'90年)
*ゴールドグラブ賞受賞9回('83〜'91年)
*オールスターゲーム出場10回('84年〜'93年)
*ナ・リーグオールスターチーム選出5回
 (Sporting News)('84年、'88年、'90年、'91年、'92年)
*メジャーリーグ・オールスターチーム選出4回(AP)
 ('84年、'88年〜'90年)
*シルバースラッガー賞受賞7回('84年、'85年、'88〜'92年)
*本塁打王('90年)
*最多得点3回('84年、'89年、'90年)
*三塁打数1位('84年)
*塁打数1位('90年)
*捕殺数1位7回('83年、'84年、'86年、'88年、'90〜'92年)
*二塁手として守備率1位4回('83年、'84年、'86年、'91年)
*守備機会1位4回('83年、'84年、'88年、'92年)
*二塁手として併殺数1位('83年)
*二塁手として1試合(9イニング)12捕殺は大リーグタイ記録('83年)
*4年連続60長打は二塁手として史上2人目
*シーズン捕殺数500以上6回は二塁手として史上2人目
*捕殺数1位7回は二塁手としてナ・リーグ史上2人目
*二塁手として通算277本塁打は史上2位('04年終了時)

*以下、カブスの球団記録(タイ記録含む。'04年終了時)
5試合連続本塁打('89年)
右打者として年間19三塁打('84年)
8年連続、9回オールスター先発出場
右打者として通算1624単打
通算1316得点(1900年以降)
新人として年間103得点('83年)

*以下、カブスの二塁手として球団記録('04年終了時)
通算1994試合
通算3806刺殺
通算6361捕殺
通算1157併殺
通算守備率.989
通算守備機会10276
年間571捕殺('83年)
年間126併殺('83年)
年間守備率.995('91年)

*カブス球団殿堂入り('94年)
*カブスのオールセンチュリーチーム選出('99年)
*大リーグ史上初の年俸700万ドルプレーヤー

ざっとこんなところだ。素晴らしい。

あ、間違っているところがあったら教えて下さい。

Satoshi at 22:15コメント(0)トラックバック(0) 
シカゴ・カブス 

January 05, 2005

カブスOBのライン・サンドバーグ氏(45)の


野球殿堂入りが決定。


76.2%の得票を得て、有資格3年目で見事
選出された。

喜ばしい限りだ。

私がメジャーリーグのファンになって
最初に好きになった選手
確か89年か90年ごろのことだったと思う。
(メジャーリーグのファンになったのは、
当時NHK総合で深夜にやってた「大リーグアワー」と、
ファミスタの「メジャーリーガーズ」がきっかけだった)
それ以前は阪神のバースと掛布が好きだった。

僕にとってのヒーローだった。
攻走守完璧に揃った真のスターだった。
その彼が殿堂入り・・・。感慨深いものがある。

おめでとう、Ryno!!

Satoshi at 20:59コメント(0)トラックバック(0) 
シカゴ・カブス 

December 28, 2004

●FA宣言していた、トッド・ホランズワース
と再契約。年俸は90万ドルと格安。
今シーズンは打率.318と好調だったが、
怪我のため7月でシーズンが終わってしまった。
怪我が無ければ代打の切り札として
期待できる。

●アルーはジャイアンツへ。
2年1325万ドル(06年は選手オプション)で。
ボンズのあとに彼がいたら結構怖いかも。
いい補強したなジャイアンツ。
それにしてもカブスはなぜ彼を引き止めなかったのか。
来年のレフトは誰がやる?

Satoshi at 21:41コメント(0)トラックバック(0) 
シカゴ・カブス 

December 26, 2004

今年6月、もとアメリカ大統領の
ロナルド・レーガンが亡くなった。

有名な話だが、彼はカブスとは縁が深い人だった。
彼はもともとラジオ・アナウンサーで、
カブスの試合の実況をしていた。
その後俳優になり、大統領になったのだが、
「野球は言葉のスポーツ」
(伊東一雄、馬立勝著。中公新書)に、
アナウンサーの頃のエピソードが書かれていて、
これが面白い。
以下引用
彼が働いていた放送局は、
アイオワ州の地方局で、
視聴者はシカゴ・カブスのファンが多かった。
そこでカブスの試合を中継するのだが、球場からではない。
スタジオで球場から送られてくる電報を見ながら、
あらかじめ録音しておいた打球や
ファンの歓声を効果音として流し
「投手はサインにうなずきました」とやる。
助手が次のプレーの電報原稿を
レーガン・アナに渡すと、それに目を走らせ
「内角のカーブ、鋭い球です」といった
調子なのだそうだ。
 ある日、電報を受けるテレタイプが故障し経過が
入ってこなくなった。
「試合は同点、9回だった。
打者はカブスのオーギー・ガラン外野手、
まさかここで機械の故障で中継をやめ音楽をどうぞ、
というわけにはいかない。
そこで私は、ガランにファウルを打たせることにした。
再び電報が入ってくるまでの6分45秒の間、
ガランはファウルを打ち続け、
私はボールカウントが何であったかも忘れてしまった。
恐らくファウル打ちの世界記録だったろう。
実はガランは初球を打って
アウトになっていた」。
大統領としての業績はともかく、
どうりで演説はうまかったはずだ。


Satoshi at 09:11コメント(0)トラックバック(0) 
シカゴ・カブス 

December 25, 2004

前レンジャースの監督で、
84〜87年はカブスでもコーチを
努めたジョニー・オーツ氏が死去。
享年58。若すぎる。

Satoshi at 20:22コメント(0)トラックバック(0) 
大リーグ 

December 23, 2004

FA宣言していたマット・クレメント(P)が
レッドソックスと契約してしまった。
3年2550万ドルで。

・・・恐れていたことが現実に。
かなりがっかり。
ウッド、プライアー、マダックス、
ザンブラーノ、クレメント。
最強のローテーションも解散か(泣)。

・・・来シーズン、カブスの先発5番手は
いったい誰がやるのか。

ラッシュ?いい投手だが、クレメントではない。
断じて。


Satoshi at 21:13コメント(0)トラックバック(0) 
シカゴ・カブス 

December 22, 2004

日本で有名なタレント、デーブ・スペクター氏は
大のカブスファン。
大リーグ選手名鑑90」のエッセイ欄で
カブスについて熱く語っている。

以下、同書から引用

僕の大好きなシカゴ・カブス デーブ・スペクター

 僕はシカゴ生まれのシカゴ育ち。
ゴリゴリのカブスファン。
毎年、シーズン初めは調子がよくて
そのうち挫折する。
このワンパターンがファンには
たまらない魅力なんだ。
なにしろ1908年にワールドシリーズに出て以来、
80年間ほどワンパターンが続いているんだからね。
でも、オーナーがリグレー社から
トリビューン社に代わったここ数年は
ナ・リーグ東地区で優勝し、
プレーオフに出場するほど強いチームになっちゃった。
強くなったカブスなんて面白くないよ。
勝っても負けてもどっちでもいいや、
そんなどうしようもないカブスのほうが
可愛いんだよね。
カブス本来の負けっぱなしというチームカラー、
ちょうどメジャーリーグの高木ブーみたいな感じで
親しみが持てたんだ。
 シカゴの街は中央を流れるシカゴ川をはさんで
南側はホワイトソックス、僕の住んでた北側は
カブスとファンは二分される。
カブスの本拠地リグレー・フィールドは、
最近まで”ベースボールは太陽の下でやるもの”
というオーナーのリグレー社の方針で、
照明設備がなかった。
僕の通った中学校は球場に近く、試合開始の
午後2時頃になると、生徒は授業そっちのけで
窓ガラスにくっつけて外を眺めてたよ。
試合が7回を過ぎると入場料がタダになるので
授業が終わるとよく球場へすっ飛んで行ったね。
その当時、ファンに最も人気があったのは、
アーニー・バンクスかな。彼の人気は、
ミスター・ジャイアンツの長島さんのようで、
ミスター・カッブと呼ばれるほど。
シカゴではアーニー・バンクスと
モハメッド・アリの二人が英雄的存在だったね。
 ベースボールの試合は、ゲームというくらいだから、
勝ち負けにこだわることはないよ。
むしろ、日光浴とかピクニック気分で
気軽に球場へ行くのが本来の姿なんじゃないかな。
昼しか試合のできなかった頃、
リグレー・フィールドには、そんな
アット・ホームな雰囲気がいっぱいだったよ。


Satoshi at 22:20コメント(0)トラックバック(0) 
シカゴ・カブス 

December 21, 2004

●クレメントとホランズワースの2選手が、
契約更改を拒否。
カブスは規定により来年1月8日まで
両選手の契約交渉権をもつが・・・
正直、残留は期待できないかも。
クレメントの損失は痛いな。
期間内に何とか契約がまとまらないものか。

●マシアスと82万5000ドルで再契約。
年俸調停を回避した。
ちなみに今年の調停資格選手はマシアスを除いて
バレット、ファーンズワース、パターソン、
ラミレス、ザンブラーノの5人。

●FA宣言していたマーカーがレッズと契約。
2年260万ドルとのこと。

Satoshi at 22:23コメント(0)トラックバック(0) 
シカゴ・カブス 
Archives
Recent Comments