October 13, 2004

何で、縁もゆかりもないシカゴの球団を
応援しているのか?ってよく聞かれるのですが。

サッカーでいえば、日本にも
マンチェスターユナイテッドとか
レアルマドリーのファンがいるわけで。
それと同じようなものです。

最初は日本の野球ファンでした。特に阪神。
バースと掛布が好きでした。が、
主に以下のような理由で大リーグファンに転向しました。

1.阪神があまりにも弱いため愛想をつかした。
いや、弱いだけならともかく、バースを解雇したのが
許せなかった(今も許してはいない)。

2.当時のファミコンゲーム、「ファミリースタジアム」の、
「メジャーリーガーズ」の強さに度肝を抜かれた。

3.当時NHK総合で深夜(確か水曜の22時くらいだった)
にやっていた「大リーグアワー」を見て感動。
(選手、球場など)

4.カブスの弱さとリグレーフィールドの美しさを知るに及び
カブスファンに。当時のスター、ライン・サンドバーグを
応援しはじめる。89年か90年頃のこと。

5.そもそも日本球界の体質というか、
巨人(渡辺つねお)が嫌い。
ヤンキースも嫌いではあるが、
ヤンキースの方がまだマシだ。



そういえばカブスと阪神はよく似ている。
共通点
・リーグ創設時から存在し、長い歴史を持つ
・チームは弱いが、大変人気がある
・ファンが熱狂的
・ユニフォームが縦縞
・球場は蔦が有名

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シカゴ・カブス 
三塁コーチのウェンデル・キムを解雇。
現一塁コーチのジーン・クラインズと、
打撃コーチゲーリー・マシューズの役職を交換。
来シーズンからクラインズが打撃、マシューズが
一塁を担当することに。

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シカゴ・カブス 

October 12, 2004

シカゴ・カブスはとにかく古い球団なので
いつごろ出来たのかよくわからない。
どうやら1869年ごろ創設されたらしい。

1871年、全米初のプロ野球リーグ
「ナショナル・アソシエーション(NA)」
が創設されると、それに加入。
当時は「シカゴ・ホワイトストッキングス」
と呼ばれていたようだ
(ちなみにカブスと正式に呼ばれるようになったのは
1907年からである)。

そしてこの1871年10月に
有名な災害「シカゴ大火」が起こる。
この火事で球団も被害を受け、
球場やユニフォームが焼けてしまった。
その影響で72年と73年のリーグ戦には参加できなかった。

シカゴの石炭商でシカゴ商工会議所の会員、そして
ホワイトストッキングスのオーナーだった
ウィリアム・ハルバート氏は、
町の復興に一役買おうと
自らがオーナーを務める野球チームを
強く人気のあるチームにしようと考えた。
同時に、経済的・運営的にも行き詰まり、
暴力や賭博が横行し腐敗していた球界
(実際、NAは、5年で解散することになる)
に秩序をもたらそうとも考えた。

そこで目をつけたのが、当時
ボストン・レッドストッキングス
(現アトランタ・ブレーブス)の
NA4連覇を支えたエース、
アルバート・スポルディングだった。

球界を改革しなくては、という意見は
スポルディングも一緒だった。
ハルバートは彼を説得し、監督兼選手として
加入させてチームの核とした。
さらに、ボストンの主力選手だった
ロス・バーンズ、カル・マクヴィ、
ジム・ホワイトを引き抜き、フィラデルフィアからも
キャップ・アンソンを連れてきた。

が、これが問題になる。
当時は、選手の他球団移籍は禁止という
ルールだったからだ。
ホワイトストッキングスは、
NAから除名されるかもしれなかった。
そこでハルバートとスポルディングは先手を打った。
除名される前に、新リーグを作ろうと考えたのである。

そして他球団にも呼びかけ、
1876年2月、シカゴを含め8球団が参加して
現在も続く「ナショナル・リーグ」が創設されたのである
(つまりカブスはナ・リーグの生みの親ともいえる)。

われらがカブスはナ・リーグ創設から参加している
名門球団なのである。

・・・つづく。

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シカゴ・カブス 

October 11, 2004

シカゴ・カブスには有名な言い伝えがある。

それは「ヤギの呪い」というものだ。
何かというと、カブスが長らくワールドシリーズで優勝できないのは、
その「呪い」があるからなのだという。
少なくともファンはそう信じている(おもしろ半分だが)。

1945年10月、カブスとタイガースとの間で
ワールドシリーズが戦われていた頃。
その第4戦を観に、カブスファンで
レストランのオーナーだったビリー・サイアニス氏が、
ペットのヤギを連れてリグレーフィールドに観戦にやってきた。
ヤギの分のチケットも買ってあったという。

が、カブス側は、ヤギが臭いという理由で
サイアニスとビリーの入場を拒否してしまった。
これに激怒したサイアニスは
「二度とこのリグレー・フィールドで
ワールドシリーズをプレーできないようにしてやる」
と、カブスに呪いをかけて球場を後にしたという。
(サイアニスは70年に死ぬまで、
球団から謝罪がないことを怒っていたらしい)

これが「ヤギの呪い」である。

他愛ない話だが、この呪いは効いたようだ。
実際カブスは、これ以後ただの一度もワールドシリーズに
進出できていないのである。
プレーオフには何度か出場したがすべて負け、今に至っている。

カブスにこの呪いが解ける日が来るのだろうか。

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シカゴ・カブス 

October 10, 2004

Wrigley Field

カブスのホーム球場。
全米でもっとも美しいと言われる球場である
(私もこの美しさに感動してこのブログのタイトルにした)。

青い空の下に広がる天然芝、外野はレンガで造られ、
その上を蔦で覆われている。
さらに他球場のような余計な広告や看板が無いため
外野フェンスは緑一色で大変美しい。
そして他球場にあるような巨大スクリーンなどは無く、
昔から変わらぬ手動式スコアボードが古さを醸し出している。
古色蒼然と言ったら良いだろうか。
かつてここを訪れたベーブ・ルースは、
「この球場で毎日プレーできるなら
給料が半分になってもいい」と言ったとか。

建造されたのは1914年。
現存するメジャーの球場の中では
ボストンのフェンウェイ・パーク
(1912年)に次いで2番目に古い。
設計したのはザカリー・テイラー・デービスという人で、
25万ドルの資金と490人の人手によって建造された
(ちなみにデービスは旧コミスキー・パークもデザインした)。

もともとは、1914〜15年に存在した
第三の大リーグ「フェデラル・リーグ」のチーム、
シカゴ・ホエールズ(フェデラルズとも)のために作られた球場で、
フェデラルリーグ・ボールパーク、
ノースサイド・ボールパークなどとも呼ばれていたが、
主に当時のオーナーの名前を取って
「ウィーグマン・パーク」と呼ばれていた。
当時の収容人員は14000人だったという。

1914年4月23日に球場最初の試合が行われている。
ホエールズがカンザスシティ・パッカーズを
9−1で下している。

フェデラル・リーグが財政上の理由から2年で解散したあと、
ウィーグマンはカブスを買収し、オーナーになる。
そしてこのときから球場はカブスのものになり、
現在に至っているのである。
ナ・リーグの(カブスの)試合がはじめて行われたのは
1916年4月20日のこと。
7−6でカブスがレッズを下した。

1920年、「チューインガム王」ウィリアム・リグレーが
ウィーグマンからカブスを買収すると、
1926年、オーナーの名をとって
「リグレー・フィールド」という名前になり現在に至っている。

名物の外野フェンスの蔦は、1937年に当時球団役員の息子だった
ビル・ベックが考案した。
外野フェンスがレンガなので、外野手の危険防止のためというのと、
それと見た目にもよいため、と言うのがその理由だったらしい。
蔦の中に打球が隠れて見えなくなった場合は
二塁打、というローカルルールもある。

もうひとつの名物は、風である。
風の強いシカゴならではだが、
外野に向かって風が吹くときはボールがよく飛び
打撃戦になり、逆に、逆風のときは投手有利になる。

照明設備は長らく設置されなかった。
つまりリグレーでの試合はすべてデー・ゲームだったのである。
これは「野球は太陽の下でするもの」という
オーナーの信念によるものである
(実は照明を設置しようとしていたのだが、
第二次大戦のころ鉄を国に供出しなければならなくなったので、
鉄が足りなくなって設置を断念したと言うのが本当のようだ。
しかしそれを逆手に取りデーゲームを名物にした
オーナーの考えは面白い)。
リグレーでのデーゲームはファンに支持され、
今でもほとんどの試合がデーゲームで行われており、
カブスの名物になっている。

1988年、リグレーにもついに照明が設置された。
ナイトゲームに関し、照明賛成派と、
照明はカブスの伝統に反するという反対派とで
ファンの意見が真っ二つに分かれたが、
「夏は連日気温が30度を超えるシカゴで
デーゲームばかりではカブスは優勝できない。
テレビ中継の問題もあり、ナイトゲームを
しなければ経営が成り立たない」と
カブス経営陣がファンを説得し、ついに
ナイトゲームが行われることになった。
1988年のことである。

だが住宅地にある球場なので、ナイトゲームは市との取り決めで
現在でも試合数が制限されている。

両翼のファウルポールには、
カブスで活躍し永久欠番になった3選手、
アーニー・バンクス(14)、
ビリー・ウィリアムス(26)、
ロン・サント(10)の3人の
背番号が書かれた旗が翻っている。

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シカゴ・カブス 

October 09, 2004

シカゴ・カブスの「カブス」というのは、
熊とかライオンとかの肉食獣の子供という意味らしいが、
ここでは「小熊」という意味で使用されている
(ちなみにカブスより後にできたNFLのチームはシカゴ・ベアーズ。
フットボール選手は野球選手より体が大きいから、
というのが理由らしい)。

で、なぜシカゴ球団がカブスになったのか。

昔、球団はホワイトストッキングスとか
オーファンズとかいう名前で呼ばれていたのだが、
1901年、ナショナル・リーグに対抗する形で
アメリカン・リーグが創設されると、
リーグ間で選手の引抜が相次いだらしい。
シカゴ球団も選手を大量にア・リーグに持っていかれ、
ついに無名の新人ばかりでチームを
編成せざるを得なくなったという。

それを見たシカゴの新聞が、1902年に、
「このチームはカブスと呼んだほうがいいのでは」
という記事を載せたのがきっかけとなった
(カブスは、見習いとか駆け出しという意味もある)。
これが徐々に世間に認知されるようになったらしい。

そして球団はこれを正式にチームの
ニックネームにしたということだ。1907年のことである。

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シカゴ・カブス 

October 08, 2004

このブログでは、私が熱心に応援をしている
シカゴ・カブスについて主に書いていく予定です。
個人の日記も書きますが、そちらは単なる書きなぐりや
憂さ晴らしに近いので読み飛ばして下さい。

で、カブスとはどんなチームなのか。
概要をまとめてみた。

●シカゴ・カブスは、アメリカ(カナダも含む)の
メジャーリーグ・ベースボール
(MLB、日本では大リーグともいう)のチームで、
ナショナル・リーグの中部地区に所属している。
本拠地はアメリカのイリノイ州シカゴ市。
ちなみにカブスとは「小熊」の意味。

1876年のナ・リーグ創設から参加しており、
これまでにワールド・シリーズ優勝2回、
リーグ優勝16回、地区優勝3回を誇る古豪である。

・・・ただし最近は弱い。
1908年(明治41年)を最後に
ワールド・シリーズでの優勝が無く、
ナ・リーグ優勝も1945年が最後である。
特に第二次大戦後は、優勝どころかシーズン勝ち越しすら
おぼつかないチームとなっているのが現状だ。
しかし、弱いがファンの人気はとても高く、
最近は毎年200〜300万人の観客を集めている。
シカゴ出身のデーブ・スペクター(カブスファン)によると、
「カブスは阪神タイガースなのだ」とか。
弱くてもファンが熱狂的なところが似ているらしい。

●概要(2004年現在)
創設 1869年ごろ
オーナー トリビューンカンパニー(新聞など)1981年〜
球団社長 アンディ・マクフェイル 1994年〜
GM ジム・ヘンドリー 2002年〜
監督 ダスティ・ベイカー 2003年〜
本拠地球場 リグレー・フィールド 1916年〜
通算成績 9755勝9203敗 1876〜2004年終了時 
ワールド・シリーズ優勝(2回) 1907年、1908年
ナ・リーグ優勝(16回) 1876年、1880年、
1881年、1882年、1885年、1886年、1906年、
1907年、1908年、1910年、1918年、1929年、
1932年、1935年、1938年、1945年
ナ・リーグ地区優勝(3回)1984年、1989年、2003年
ワイルドカード(1回) 1998年
ライバル球団 セントルイス・カーディナルス、
シカゴ・ホワイトソックス

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シカゴ・カブス 
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